前へ 次へ

9 リスク評価

9.1 環境中の生物に対するリスク評価

環境中の生物に対するリスク評価は、水生生物を対象とし、その影響を3つの栄養段階 (藻類・甲殻類・魚類) で代表させる。リスク評価は、無影響濃度等 (NOECLCEC) を推定環境濃度 (EEC) で除した値である暴露マージン (MOE) と無影響濃度等として採用した試験結果の不確実係数積を比較することにより行う。

9.1.1 リスク評価に用いる推定環境濃度

本評価書では、二硫化炭素のEECとして、環境庁の2000年度の測定結果を適切と判断し、AA-C類型における測定値の95パーセンタイルである0.35μg/Lを用いた (6.3参照)。

9.1.2 リスク評価に用いる無影響濃度


リスク評価に用いる二硫化炭素の水生生物に対する無影響濃度等を表 9-1に示す。3つの栄養段階を代表する生物種 (藻類、甲殻類、魚類) のいずれについても急性毒性試験結果 (van Leeuwen et al, 1985) を用いた (7.参照)。 これらの結果から、二硫化炭素の環境中の水生生物に対するリスク評価に用いる無影響濃度として、最も低濃度から影響のみられた甲殻類であるオオミジンコに対する遊泳阻害を指標とした48時間EC50の2.1 mg/L (van Leeuwen et al, 1985) を採用した。

表 9-1 二硫化炭素の水生生物に対する無影響濃度等
生物レベル生物種エンドポイント濃度 (mg/L)文献
藻類Chlorella
pyrenoidosa
(クロレラ)
96時間EC50
生長阻害
(バイオマス)
10.6

van Leeuwen
et al, 1985
殻類Daphnia magna
(オオミジンコ)
48時間EC50
遊泳阻害
2.1van Leeuwen
et al, 1985
魚類Poecilia reticulata
(グッピー)
96時間LC504.0van Leeuwen
et al, 1985

太字はリスク評価に用いたデータを示す

9.1.3 暴露マージンの算出

二硫化炭素の環境中の水生生物に対するMOEを、甲殻類の遊泳阻害を指標とした48時間EC50の2.1 mg/Lを用いて、以下のように算出した。
MOEEC50 / EEC
= 2,100 (μg/L) / 0.35 (μg/L)
6,000
不確実係数: 室内試験の結果から野外での影響を推定するための不確実係数 (10)
急性毒性試験結果から長期毒性試験結果を推定するための不確実係数 (100)
不確実係数積: 1,000

9.1.4 環境中の生物に対するリスク評価結果

算出されたMOEは6,000であり、不確実係数積1,000より大きく、二硫化炭素のEECにおいて、現時点では環境中の水生生物に悪影響を及ぼすことはないと判断する。

9.2 ヒト健康に対するリスク評価

ヒト健康に対するリスク評価は、我が国の住民を対象とする。二硫化炭素のヒトにおける定量的な健康影響データは限られているため、ヒト健康に対するリスク評価には動物試験データを用いることとする (8.参照)。リスク評価は、実験動物に対する無毒性量等 (NOAELLOAEL) を推定摂取量で除した値であるMOEと、評価に用いた毒性試験結果の不確実係数積を比較することにより行う。

9.2.1 ヒトの推定摂取量

二硫化炭素は、主に飲料水、食物及び大気を通じてヒトに摂取されることと推定され、それぞれの経路からの1日推定摂取量を表 9-2に示す (6.5参照)。
吸入、経口及び全経路のヒトの体重あたりの1日推定摂取量26、0.14及び26μg/kg/日をヒト健康に対するリスク評価に用いた。

表 9-2 二硫化炭素の1日推定摂取量
摂取経路1日推定摂取量
(μg/人/日)
体重あたり1日
推定摂取量
(μg/kg/日)
吸入大気 (呼吸)1,30026
経口飲料水1.00.14
食物 (魚類)5.8
小計6.8
全経路合計1,30026

9.2.2 リスク評価に用いる無毒性量

二硫化炭素の反復投与毒性に関しては、中枢及び末梢神経系、心臓、血液、肝臓、腎臓、生殖器など多くの器官に影響を及ぼしている。
二硫化炭素の反復投与毒性試験において、吸入経路ではラットに5時間/日、5日/週、3か月間暴露させた実験での心筋の水腫及び出血を指標としたNOAEL 3.2 ppmを用いた (Antov et al., 1985)。暴露時間 (1日5時間、週5日) とラットの1日呼吸量 (0.26 m3/日)、平均体重 (0.35 kg)、吸収率 (100%) を用いて、24時間、週7日連続暴露に相当するNOAELに換算し直すと、1.1 (mg/kg/日)) となる。
経口投与では、NOAELは得られておらず、1用量群のみの試験であるが、ラットを用いて60日間経口投与した実験 (Pilarska et al., 1973) で貧血、好酸球の減少、網状赤血球数の増加がみられ、LOAEL 25 mg/kg/日がある。しかし、この試験については論文が入手できず、信頼性を確認出来ないため、本評価書では採用しなかった。
生殖・発生毒性として、吸入経路では、妊娠6-20日目のラットの吸入暴露試験で体重減少、内反足を指標としたNOAELは200 ppm (634 mg/m3)(Saillenfait et al., 1989)が得られている。また経口経路では、妊娠6-19日目のウサギに14日間経口投与した実験の吸収胚の増加を指標としたLOAEL 25 mg/kg/日(Jones-Price et al., 1984b)が得られている。経口投与では、反復投与試験のNOAELは得られていないので、ウサギに14日間経口投与した実験のLOAEL 25 mg/kg/日をリスク評価に用いた。
なお、米国EPAは吸入経路では労働暴露のデータを、経口経路ではウサギの催奇形性試験のNOEL 20 ppm を用いている (Hardin et al., 1981)。また、カナダ環境省及び保健省は経口経路においてウサギの生殖発生毒性試験のLOAEL 25 mg/kg/日を用いている (Jones-Price et al., 1984b)。我が国の環境省では、吸入経路でヒトの10-15年間吸入試験のLOAEL 10 mg/m3 (Martynova et al., 1976) を、経口経路では米国EPAと同試験結果のNOEL 20 ppmを用いている。
なお、IPCSEU、オーストラリア保健・高齢者担当省では二硫化炭素のリスク評価を実施していない。

9.2.3 暴露マージンの算出

二硫化炭素は、ヒトに対して主に吸入経路からの摂取が推定される。ここでは吸入の摂取量に対するMOEを算出した (表 9-3)。なお、生殖・発生毒性については、吸入暴露では反復投与毒性以上の値であるが、経口投与では反復投与毒性試験NOAELは得られていないので、経口経路によるMOEを算出した。

a. 反復投与毒性に対する吸入経路での暴露マージン
ラットを用いた3か月間吸入反復暴露試験のNOAEL 3.2 ppm (換算値:1.1 mg/kg/日)を用いて、以下のように算出した。
MOENOAELの換算値 / ヒト体重あたりの1日吸入摂取量
= 1,100 (μg /kg/日) / 26 (μg/kg/日)
= 42
不確実係数: 動物とヒトの種差についての不確実係数 (10)
個人差についての不確実係数 (10)
試験期間についての不確実係数 (5)
不確実係数積:500

b. 生殖・発生毒性に対する暴露マージン
 妊娠6-19日目のウサギに14日間経口投与した実験のLOAEL 25 mg/kg/日を用いて、以下のように算出した。
MOELOAEL / ヒト体重あたりの1日経口摂取量
= 25,000 (μg /kg/日) / 0.14 (μg/kg/日)
= 180,000
不確実係数: 動物とヒトの種差についての不確実係数 (10)
個人差についての不確実係数 (10)
LOAELを用いたことによる不確実係数 (10)
不確実係数積:1,000

表 9-3 二硫化炭素の暴露マージン不確実係数
毒性摂取経路体重あたりの1日
推定摂取量
(μg/kg/日)
NOAEL
(mg/kg/日)
MOE不確実係数
一般毒性吸入261.11)425003)
経口0.14---
発生毒性経口0.14252)180,0001,0004)
1) NOAELの換算値=10.14 (mg/m3)×0.26 (m3/日)×5 (h) / 24 (h)×5 (日) / 7 (日)×1 / 0.35 (kg)
= 1.1 (mg/kg/日)
2) LOAELの値を用いた
3) 種差 (10) ×個人差 (10) ×試験期間 (5)

9.2.4 ヒト健康に対するリスク評価結果

表9-3に示したように、二硫化炭素の吸入経路でのMOE 42は不確実係数積500より小さいため、現時点ではヒト健康に悪影響を及ぼすことが示唆され、詳細な調査、解析及び評価等を行う必要がある候補物質である。長期毒性試験を実施するとともに、高排出事業所周辺を中心とした詳細な暴露情報の収集、解析を行う必要がある。また、高い暴露が想定される場合には、疫学調査に基づいた詳細な検討が望ましい。なお、生殖・発生毒性MOE 180,000は不確実係数積1,000より大きいため、現時点ではヒト健康に悪影響を及ぼすことはないと判断する。

前へ 次へ